ichiko(中田一子)の初自主制作シングル「華麗なるカレー/ジャムラン」の30秒サンプルです。どうぞよろしく。2009年10月23日金曜日
ライブのチラシ
12月にやるライブのチラシ今回はいつもと違って写真で作った。最初の予定では、テーブル上のサンバルの背後から出演者(イラスト)が顔を出しているように合成するはずだったけど、ふと思いついて全部写真にした。というか、イラスト切り抜きだけど。クイナがたくさんいて、画面上を埋め尽くすようにできれば良かったけど、時間的にこんなもんだった。これでも、photoshopでコピーして増やしてある。出来上がってみると、サンバルと文字のインパクトが強くて、コンサートのチラシというより、食べ物ポスターに見えるな。
出演:サンバルクイナ
中田一子(歌、ピアノ、ガムラン楽器)
古川 麦(歌、ギター、ホルン他)
前田達彦(パーカッション)
料金:2,000円(1ドリンク付)
チケット、ご予約、お問合せ:蒼い企画 e-mail:aoi-kikaku@space.ocn.ne.jp
中田音楽: e-mail:ichiko@pop01.odn.ne.jp
2009年10月10日土曜日
金木犀と運動会

金木犀と沈丁花だけはたまらんなあと、秋と春には思う。サルベージ船が海底から沈没船を引き揚げるように、匂いは記憶の海からいろんなものをたぐり揚げる。季節の移りかわりを風に運ばれる匂いで感じるのは、都会であっても同じだ。で、とくに金木犀と沈丁花の匂いは、頭の中のサルベージ船団を総出動させてしまう。
小学校で恒例の「親子運動会」が開かれた。近所の町内会対抗の運動会だ。ちゃんと、前日から準備をしてテントを立て、椅子、テーブルを並べ、マイクその他音響も用意する。競技種目は毎年決まっているらしく、競技のやり方、用意するもの、人員など、すべて競技ごとにまとめられた冊子ができている。なかなか力が入っている。うちの小学校は生徒数が1000人近くいるので、春の学校の運動会は親、ジジババその他が詰めかけると、とてもじゃないがまともに観戦はできないのだが、この秋の親子運動会はそこまで人が集まらないので、校庭もゆとりがある。そして、金木犀の香りがその校庭中に流れている。当日は、これ以上ないくらいの運動会日和。僕はPTA役員なので「用具係」をやった。実はこれ、一番ハードな係で僕は午前中でもうぼろぼろになってしまった。お昼のお弁当は学校のPTA室で食べたのだが、2階の窓からは校庭がよく見えた。となりの中学校からブラバンがやってきて演奏した。この写真を見る限り、昭和40年代といっても通りそうなのどかな雰囲気。だが、実は、僕は後から知ったのだが、入口近くのテントで観覧していた80過ぎの町内会長が、突然倒れ、一時は心肺停止になり、学校の先生たちの必死の救命で奇跡的に蘇生するという事件があったのだった。心臓マッサージをやり、マウストゥーマウスで息を吹き込み、それでもだめで学校そなえつけのAEDを出してスイッチを入れようとしたところで、老人が息を吹き返したんだそうだ。そういえば、救急車が来ているのは見たが、そんな緊迫した事態があったとは思わなかった。そして、この町内会長、病院で自分の町内がリレーの決勝戦に勝ち進んだと聞くと、午後の観覧にまた戻ってきたのだそうだ。元気というかなんというか、迷惑この上ない話だ。そんなこんなもまた、金木犀の香りの中で起こった事なのだった。
2009年10月4日日曜日
またまた両毛線で似顔絵
さて現場はいつもの住宅展示場ではなく、分譲中の建売り住宅のオープンハウス。7軒ほどの似たような新築の家がならぶ一区画で、うち2軒はすでに入居者がいて3軒は売約済、残りの2軒がオープンハウスとして買い手を待っている。そのためのイベントとして焼きそば、ドリンク、その他。そして似顔絵である。ずっと前に1、2回、この手の客寄せによばれたが、客がすくないのはここでも同じのようだ。その点、楽でいいのだが、ここでは予想もしない難事が待ち受けていた。似顔絵の準備のために水を汲もうと「トイレはどこですか?」と聞くと担当のS氏は困ったような照れたような顔をして「トイレ…ははは、トイレはそこらの土手で…(群馬なまりで)」「え、そうなんすか?」「そう(群馬なまりで)」。というのは周りの家は全て売り物なのでそのトイレを使うわけにはいかない。かといって仮設の事務所などもなく、だからトイレは土手なのだ。

少しあるくとK川が流れていて人通りはほとんどなく、確かにできないことはないのだが、なにせさえぎるもののないオープンエアーの土手、100m先からだって何やってるかは一目瞭然にちがいない。しかしその時すでに尿意をおぼえていた僕には、とてもこのまま1日我慢することは不可能だった。仕方なく土手へやってきたもののS氏の言うように土手の上からではあまりにも露出度が高い。だれかの水分がどこかに水たまりを作っているのではないかと恐れつつも、土手から雑草が繁る河原へ降りると、足は地面にはつかず草のクッションに足首まで沈んだ。ここなら腰あたりまでは隠れるのだが、それは同一平面上から見た場合だ。土手を歩くひとからはやはり一物…、いや、一目瞭然なのだ。それに、たとえだれも見ていないとしても野外であるということは全世界、全宇宙の前に無防備であるということなのだ! たちションなんかここ数十年やってない! 高校の下校途中で田んぼに放ったとき以来だ! だが、精神的な障壁を生理は乗り越えた。殆んど音もなく草むらに消えて行く放物線が早く尽きることを念じる僕の目の前には、繁る雑草の葉に憩うテントウ虫。その横ではくすんだ色の蝶々がその羽をまるで催眠術士の手のようにゆっくりと閉じたり開いたりしていた。ハズカシクナ〜ル、ハズカシクナ〜ル、アナタハダンダンハズカシクナ〜ル…。こうして似顔絵師の一日は始まったのだった。
K川の反対側、売り家のすぐ背後から、こんもりと木々が生い茂る立派な山が起ち上がっていた。山に向かうように座り、なかなか来ない客を待っていると、時間はまるで負荷がかかりすぎたパソコンのようで、そのタスクバーの動きはすこぶる鈍かった。山上にはときおり鳶が現れて優雅に輪を描き空を滑って行った。あまりにも変化のない風景に、僕はすっかり退屈して乾き始めた絵の具に水を挿したり、立ち上がってみたり、座ってみたり。ほんの数時間でこんなにこっちは退屈してしまうのに、山よ、木々よ、お前らはほっておいたら何百年もそのままでいられるんだなあ。と妙に感心、というか呆れる。

自然が自然であるという事は、人間にはとても我慢ができない事なのかもしれない。だから人間は自然を駆り立て、せき立て、自分のスピードに合わせようとして、結局ぶちこわしてしまうのだ。屈辱を忍んで軽くした膀胱をまた重くするわけにはいかないので、貰った缶コーヒーも、ちびちびとしか飲めない。それでも、体の中の自然は着実に膀胱へと水分を送り続けている。もう、河原ションは嫌だ。てんとう虫にも蝶々にも会いたいくない。あ~、早く帰りたい。
ようやく、景色にも変化が訪れる。日が傾き、山からは杉の匂いを含んだ冷たい空気が流れてきて、仕事終わりの5時には少し早いけれど、「客もいないし、もういいですよ(群馬なまり、たぶん)」とS氏のお許しが出た。S氏は映画「イノセント」に出てたいつも困ったような顔をしているジャンカルロ・ジャンニーニと加藤茶を足して2で割ったような顔をしており、アイスのおやつをくれたので僕は個人的に「カトジャン」という愛称を捧げたい。駅まではスタッフの若い衆が送ってくれて、似顔絵師はようやく帰途についたのだった、やれやれ。
2009年9月20日日曜日
栃木県大平で似顔絵

2009年9月18日金曜日
元住吉商店街

法定12ヶ月というのがあって、車を点検してもらわなければならない。それをやると、フロントガラスに貼ってあるシールが張り替えられるのだが、もう一つ、車検のシールもあって、こっちの方が小さくてバックミラーに隠れるようにして貼られているので、重要度から言うと逆にした方がいいのじゃないかと思う。それぞれに次回の点検の期限が書いてあり、「やばい、もう車検か!」とあわてて車検の予約をしようとして「おたくはまだですよ、法定点検じゃないですか?」とHONDAの営業の人に教えられる事、1度や2度ではない。ま、それはともかく、その、車検ではなく、法定点検のために木月のHONDAにむかった。車を預け、点検が終わる夕方まで一駅はなれた中原図書館で仕事をすることにして。元住吉の駅前はかなりにぎやかな商店街が連なる。私鉄沿線らしいこういう商店街は久しぶりだ。となりの武蔵小杉は再開発で駅周辺はじきに様変わりするだろう。中原図書館も今の建物は取り壊されて、多摩図書館のように区役所ビルのなかに移転するらしい。もちろん、大反対。今の古びた佇まい、とくに学習室と書庫にあてられている別館は、あちこちがつぎはぎに修理されているユルさ加減が実にいごこちいいのだ。きょうの図書館は窓が開け放され、秋の日差しが差し込んでいて、ふと、子供のころ毎日のように通った駄菓子屋を思い出した。たぶん、夏の勢いをすてた日光の具合が、その駄菓子屋の壁を暖めていたそれと似ているんだろう。日差しだけではなく、街の雑踏や、ちかくの「餃子の王将」からはニンニクの匂いが流れ込む。中原図書館は街なかに溶け込むというより埋もれた図書館だ。仕事はそこそこはかどり、パソコンのバッテリーもつきる頃、外へ出ると既につるべ落としに日は落ちて街灯と夕焼けの下、家路をいそぐ人々がいた。車を受け取りに再び元住吉に戻ると商店街の店先からは明るい光が流れ出して、昼間にはないその魔力で野菜だの古着だのハンバーガーだのを、その価値以上に魅力的に見せていた。秋のひんやりとした空気の中、夕暮れの商店街を歩いていると、また一つの記憶がよみがえった。大学の帰りに歩いた古本屋街、買いあさった古本の重さ。人の流れの中にいながら孤独はいや増す都会の秋。秋に人は記憶のページをついパラパラとめくるのだろうか。点検は思いのほか高くつき、ふところまで寂しくなる。家に戻るとすでに8時近くになっていた。そういえば、きょうはあわてて家を出たので、カブトムシの様子をまだ見ていなかった。また、ひっくり返ったままになっているのではないか。カブトムシの寿命は成虫になって後、1、2ヶ月なのだそうだ。ということは、もうそろそろお迎えが来るおじいちゃんカブトムシというわけで、ここ2、3日はさらに動きが緩慢になっていた。ケースをのぞくと、意外なことに、おなかを見せてはいなかった。逆に、今日はそれが気になって、水分補給用の水を振りかけた。だが、水滴がその黒い背中を走っても、いつものように顔をもたげることはなかった。虫は静かに死んでいた。昨夕はまだ、ケースが置かれている洗面台の、蛍光灯に照らされた白いタイルに惹きつけられるように、つるつるの壁を弱々しくなでていて、その様子を見ながら、死ぬ前に外に出してやろうかなどと、ふと思ったりしたのだ。ひっくり返っているのをあたり前のように見ていたせいか、なんとなく僕はこれが死ぬ時は仰向けになって死ぬのだろうという気がしていたのだが、予想に反して、ちゃんと起き直ったまま死んだ。ツノをつまんで間近に見て、確かに死んでいるか、少しでも動きはないかと確かめながら、ぼくは自分が予想以上にこの老虫の死を悲しんでいるのに驚いていた。これも、秋の仕業なのだろうか。
2009年9月11日金曜日
パンク修理

自転車屋が近くに1軒しかない。何度かパンク修理やカゴの取り付けなどやってもらったことがあるが、腕が悪いわけではないが、パンクした自転車を押して急坂を降りる気になかなかなれず、それに修理代1000円というのももったいない。そこで、ホームセンターでパンク修理キットを買ってきてある。すでに1度、修理した。小さい頃、自転車屋で直してもらいながら、修理の様子をよく見ていたので、だいたいのイメージはある。水にチューブをつけてパンク箇所をみつけ、紙ヤスリでこすり、接着剤を指で塗り広げ、パッチをあて、木槌で叩く。たいていは使い込んだ手製の木箱が木槌の台にもなっていた。その、油染みて手ずれのした箱も印象に残っている。それでも、一応、キットに入っていた紙ペラのマニュアルを見ながらやった。意外と簡単にできた。なんと、これで1000円とっていたのか。自転車屋には悪いが、これからは自分で直すに限ると、そのときは妙に得意な気分になったものだ。
で、またパンクした。ああ、やっぱり、素人のワザはたかが知れている、修理がまずかったか。と思ったが、チューブを引っ張りだしてみると、先日の修理箇所はすこしすり減っているがちゃんとチューブに張り付き、空気を漏らしてはいない。パンク箇所は別のところだった。他にも1カ所、プロにやってもらった修理箇所もあり、そういえばそのとき「チューブがだいぶすり減っているから、そろそろとりかえたほうがいいよ」といわれた気がする。ちょうどタイヤの接地面にあたるところが帯状にささくれたようになっている。たしかにどこがパンクしてもおかしくないと思った。しかし、チューブの交換はさすがに自信がない。特に後輪をはずすのはギヤの具合をおかしくしそうでこわい。以前、ホームセンターの店員にやってもらってすごく調子が悪くなったことがあって、自転車屋に持っていくと、「これ誰がやった? 全然ダメ!」と言ってギヤとかなんだらのバランスとかを調整してくれた。そこまでは自分で出来る気がしない。とりあえずパンクの修理をすませ、キットを見るとパッチはまだ何枚かある。当分、修理しながら乗ろう。パンクしては直し、またパンクしては直し…、そのうちチューブはパッチだらけになってでこぼこになるだろう。もう直せなくなったら自転車屋に持っていこう。まるで、ゴーヤみたいにでこぼこしたチューブを引っ張りだして、自転車屋のおやじがどんな顔をするかも見てみたい。
